エイリアンズ

こんにちは。

 ブログ担当の雄一です。

 今回は、何を書こうかなと悩んだ結果、もはやブログではないのかもしれませんが、ある小説を載せようと思います。

 自分は文章を書くことが趣味なのですが、今回載せる小説は、数年前に、ひきこもりを題材にして書くという不思議な小説の賞があり、それに応募したものです。

 すべてはフィクションですし、しかしすべてがフィクションなんてことはありえず、ひきこもりという問題に直面している人に、何か受け取れるものがあれば幸いです。

 

 

 



 『エイリアンズ』

 ねえ、知ってる? 春香ちゃん結婚したんだって。私の前に座っている子がそう言って、理子は驚いている。えっ、春香ちゃんってめっちゃ地味な子だったよね。うん、しかもデキ婚。もう子供も産まれてる。うそ。ほんと。

 駅前にある居酒屋に四人で来ていた。高校の同級生とひさしぶりの再会だった。仲の良かった理子とは卒業後も会っていたが、他の二人とは卒業式以来で正直に言えばあまり会いたくなかった。

 私以外みんな地元から離れて暮らしている。今は大型連休で帰省中だ。ねえ、知ってる? また誰かが噂話をはじめる。一滴もお酒は飲んでいなかったが、同級生の様々なうそかほんとかもわからない話を聞いているとそれだけで酔ってしまいそうだ。そもそも私は騒がしいところが苦手で、今日だって理子がいなければ絶対にこの飲み会に参加していない。そのことを理子もわかっているのだろう、ときどき心配そうに私を見る。大丈夫、と私は無言で答える。本当はとっくに限界だったのだが。

 そらは最近どうなの? ふいに漠然とした質問が目の前から飛んでくる。え? 仕事とか。そもそも何してるんだっけ? それまでずっと聞き役に徹していた私だが、ついに話す番が回ってきたのだろう。えっと、なんていうか……。私は言い淀む。もちろん訊かれることは予想していた。それなのにいざ訊かれるとパニックになってしまった。

 そらは前から秘密主義者だもんね。理子がやさしく微笑む。えー、教えてよ。まあまあ、いいじゃん。あ、そういえばあの先生離婚したらしいよ。え、誰。ほら、二年七組の……。

 私の現状を知っているのは同級生で理子だけだ。東京の大学に進学した私はもともと人見知りだったこともあってか環境に馴染むことができず引きこもり状態になり、大学は進級できず二年足らずで地元に帰ってきた。それからいくつかバイトをしたがどれも続かなかった。気が付いたら25歳。もう1年以上無職だ。

 アルコールの勢いもあってか会話は盛り上がっている。相変わらず噂話、あるいは仕事や恋人の愚痴を話し続けている。私は学生時代から普通の会話ができなかった。大きな声で笑うことが若さの特権であるかのような振る舞い、過度なスキンシップ、くだらないゴシップを真剣に語り合うこと、そのすべてができなかった。地味でノリが悪くてパッとしない子。私の評価はどこでもそんな感じだった。そんな中で高校の時に唯一できた友達、それが理子だった。

 理子は明るくてかわいくて誰からも好かれる私とは正反対の子だ。だから、どうして私と友達でいてくれるのかわからない。学生時代の私はずっとストーカーみたいに理子の傍にいた。そうすれば誰も私のことを悪く言わないからだ。思い返せば私は依存していたのだろう。高校はそれで何とかなったが、しかし理子という存在がいなくなった私は人とまともに話すことさえできずに、大学ではついに誰とも連絡先さえ交換しなかった。高校を卒業してすぐは理子と頻繁に連絡をとっていたが、いつまでも自分だけが独占していいわけではないと思い、私の方から連絡するのをやめた。

 難関大学を卒業した理子は今東京で働いているらしい。世間に疎い私でも聞いたことのある有名企業だった。ぶっちゃけ、いくら貰ってるの? にまっとした顔で私の前にいる子が理子に訊く。たいしたことないよ。そんなことないでしょ、同級生で一番もらってんじゃない? いやいや、そんなこといったら医学部にいった人たちの方がよっぽど。

 そんな話を聞きながら、みんなちゃんと働いているんだと当たり前のことに驚いてしまう。噂話に出てくる同級生も、幸せかどうかはわからないけどみんな働いている。あるいは結婚している。離婚している人もいるだろう。子どもを産んでいる人もいる。もうみんな大人なんだ。あの時とは違うんだ。私だけが子どものままで取り残されている。

 あ、もうこんな時間じゃん。そろそろ帰ろうかな。理子がスマホを見ながら言う。え、まだ九時じゃん。うん、でも明日もすることあるし。そらだって明日仕事って言ってたよね? え? あ、うん。そうだ、そろそろ帰らなくちゃ。理子が半ば無理やりに会を切り上げようとして二人は驚いている。きっと私がつまらなそうにしているから理子が気を使ってくれたのだ。そんな気遣いに申し訳なくもなったが、これ以上ここにいるのもきつかったから、そのまま甘えることにした。もちろん明日も明後日も仕事なんてない。

 会計を済ませ外に出る。じゃあね、また集まろうね。なんて言い合って、私たちは別れる。理子とは途中まで同じ方向だ。私が駅前のバス停の方向に歩いて行こうとすると、理子が私の手を握ってきた。

 ねえ、ちょっと寄り道しようよ。
 そう言うと理子は反対方向へと歩き出した。
 どこに行くの? 
 ひみつ。
 手は握られたままだ。さすがにちょっと恥ずかしくなる。もしかして少し酔っぱらっているのだろうか。そう思って顔を覗いてみるが普段とさほど変わらない。理子は勢いよく歩いて行く。何も喋らずに。私はどうしていいかわからずに、されるがまま黙ってついていく。

 気が付くと二十分歩いていた。本当にどこに行くつもりなのだろうか。不安になる。栄えている駅前から、ひっそりとした所へと移動する。ねえ、どこに行くの? 勇気を出してもう一度訊く。理子は少し黙ったあと、学校、と言った。学校? うん、学校。私たちが通っていた所。ほら、もうすぐだから。
 確かに言われてみれば私たちは学校の方へと向かっている。あと十分ほど歩いたら着くだろう。でも、いったい何のために。なんで? え? なんで学校なんかに向かってるの? 私は少し苛立って言った。
 大人になってさ、真夜中の学校に入るの一回やってみたかったんだよね。なんか楽しそうじゃない? 理子はいたずらっぽく笑った。

 校門の前に着いた頃には十時前になっていた。もちろん門は閉まっている。それを確認した理子は裏門の方に歩いていった。本当に入るつもりなの? もちろん。駄目だよ。これ、たぶん犯罪だよ。私がそう言っても理子は何も答えずに私を裏門の方へと引っ張っていく。やっぱり変な酔い方をしているのだろうか。それならば止めなければいけない。でも、私は何も言えない。
 裏門もやはり閉まっていた。私は安心する。さすがに理子も諦めてくれるだろう。そう思った瞬間だった。

 私さ、もう死にたいんだよね。

 ふいに発せられた言葉。私は理子の顔を見つめる。聞き間違えだろうか。でも、今確かに理子が言った。
 
 私ね、会社を一年前に辞めてるんだ。いや、正確に言えば辞めさせられたんだけど。あのさ、自分で言っちゃうのもどうかと思うけど私って結構できる方じゃん? 頭良いし、かわいいし、だいたいのこと器用にこなせちゃうし。だから、社会に出ても正直簡単にやっていけるって思ってた。でもね、じっさい会社に入ってみると、世の中って、思ったよりしんどくてさ。今どきセクハラとかないと思ってたら日常茶飯事だし、毎日のように残業はあって、ドラマみたいな嫌がらせされて、それでも上司だから逆らったら駄目なわけで、毎日満員電車に乗って、ただでさえきついのにそこでも痴漢にあったりしてさ。誰かに相談したくても、友達も仕事で忙しいからそんなにできないし、両親にもそんな心配かけられないじゃん。だから結局一人で抱え込むしかなくて、毎日会社に行って家に帰っての繰り返し。よくある話だね。でも自分は弱くないはずだって、だから頑張って、もっと頑張って、そしたら仕事はある程度できたんだけど、ある日起きたらさ、体が動かなくなったんだ。あれ? 風邪でも引いたのかなって思ったんだけど、本当に動かなくて。その日は会社に電話して休んだんだけど、次の日も、次の日も変わらないの。それで、そのまま会社辞めちゃってさ。両親に連れ添われて病院に行ったら鬱病だって。私ね、思わず笑っちゃった。自分が鬱病になるなんて想像もしたことなかったから。それから薬飲んで、まあ、少しは回復したからこんな風に話せてる訳だけど、今日だってあの二人に合わせて喋るの本当はきつかったんだ。そらだってきつかったのは知ってるよ。でも、もうあの時の、学生の時の私じゃないんだ。

 理子の後ろを茶色い猫が走っていく。私はなんとなしに目で追う。理子は涙を流している。泣き顔もかわいいな、と思う。手が震えている。体全体が震えている。

 ねえ、そら。私たち友達だよね。でもね、私、そらに謝らないといけないんだ。私ずっとそらのこと馬鹿にしてたんだと思う。心のどこかで。大学辞めてバイトも続かないで私がいないと何もできない存在。そんなそらを見て安心してたんだと思う。ごめんね、そら。私きっと何も分かってなかった。今日だってさ、私たちが仕事してないこと隠す必要なんてほんとはないんだよ。そんなことで人を判断する方が間違ってる。ねえ、そら。都合の良いことばっかり言うけど、私はさ、職業とか、恋人とか、お金とか関係なくいつまでも友達でいたいの。そらはさ、高校の時から私に遠慮してたよね。友達だけど、私たちの関係は対等じゃなかった。私はさ、もう一度全部やりなおしたいんだ。病気になってようやく自分の自惚れや、人を軽蔑していることに気が付いたの。……ごめんね。こんなとこ連れてきて。もう自分でも何がしたいのかわかんないや。

 学校の中は誰もいないみたいですべての教室の電気が消えていた。月だけが私たちを照らしている。猫もどこかに行ってしまって私たちはふたりぼっちだった。私は理子をそっと抱きしめる。お酒の匂いが微かにする。私たちはいつの間にか大人になった。でも大人になっても私たちはこんなに弱くて、ずるくて、醜い。あの時と何も変わらない。私たちはもうあの頃には戻れない。戻る必要もない。私はいま目の前にいる理子のことをしっかりとまなざす。あの頃は遠慮して、依存したりもしたけど、いまなら私たちはちゃんと向き合える、そんな気がした。

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